バリカタさんのメンタルTimes

メンタル・健康・人間関係・仕事・悩み解決~人生が好転する40代からの新しい生き方~

Vol.2 続・成功と成幸〜自分史を振り返ると、今の自分がどうやって出来たのかわかる

前回の続きです。

 

成功と成幸の違い

気合と根性

レギュラー争いに、頭一つ抜けたと思った僕は、

これから順風満帆にこのまま進んでいくと思っていました。

これが俗にいう気合と根性か!

たしかにちょっとキツイけど、それで競争に勝てるなら最高じゃん!

よし!これからもずっとこのパターンでいくぞ!

もう、世の中の勝ち方を悟ってしまったかのような錯覚に陥ってました。

そう、勘違いってやつですね!(笑)

 

突然の出来事

そこから僕は練習はなんでも人の何倍もやって「量」を稼げばなんとかなると思い込んでいましたから、とにかくがむしゃらにやりました。

しかも、中学生ですから体力もあまりまくっていますから、

加減がわからずにとにかくやりました。

今はダメとされているような、

うさぎ跳びや、アヒル歩きのトレーニングも、

グラウンドをそれで周ったりもしてました。

 

もう、みなさんおわかりですよね。。。

 

はい、そうです。怪我しました。

しかも思いっきりやりました。

バレーボールには致命傷の膝をやりました。

 

…。

 

いつものようにうさぎ跳びで運動場を周った後に、

100mの全力ダッシュを10本してた時でした。

急に膝にズキッと激痛がはしり、そのまま立てなくなりました。

やっとの事で仲間の肩を借りて立ちましたが、

歩こうとして一歩を踏み出すと、ズキッとまた叫びたくなるような激痛がはしり、

その場に膝を抱えて倒れてしまいました。

その日は顧問の先生に車で自宅まで送ってもらい、

次の日に大学病院に検査にいきました。

 

すると、人体損傷と軟骨の損傷と半月板の損傷と、いうことで松葉杖か車いすと言われ、1ヶ月は絶対安静といわれました。

僕は目の前が真っ暗になりました。

中学生の僕にとっては気合と根性で半年以上、人の何倍もの時間を気合と根性で耐え抜き、やっとの事でつかみとったその、準レギュラーの座からの滑落というのは、

それまでのすべてを失ったかのような衝撃でした。

 

しかし、まだ治してまた人の倍、練習すればチャンスはある!

そう自分を無理やり励まして、治療に専念しました。

 

 1ヶ月が過ぎ、ほぼほぼ痛みもなくなり、

練習に復帰した僕は、遅れを取り戻そうと、朝も夜も自主練をして

おいつこうとしました。

というのも、さすが強豪校です。たった1ヶ月でも、みんな相当上達していて

そんなに実力も差がないようになってきていました。

今思えば焦りもあったのだと思いますが、

僕はケガをした原因が明らかなオーバーワークだということをまったくわかっていなかったんですね。

 それからまもなくして練習試合をしていた時でした。

いつものようにジャンプしてスパイクを打って、着地をした瞬間、

またもやあの、悪夢のような激痛が膝に走り、僕はその場で動けなくなったのでした。

 

その後、3ヶ月僕は練習が出来ず、見事にレギュラー落ちしました。

更には、ケガした方の足を使わない日が数か月続いたので、

そちら側の足の筋肉はやせ細り、少し歩くときに片足を引きずるような歩き方になってしまいました。

 

僕は医者に1年は激しい運動はしないように言われ、そのまま部を退部しました。

はじめて本格的な挫折を味わいました。

そして部を退部したことで、部の同級生たちからは逃げたかのように言われ、

膝のケガは実は仮病ではないのかという者さえ出できて、

僕の心はかなり荒みましたね~

今でも覚えています。

 

なんでもやりすぎは良くないですよね。

ちゃんと、セルフコントロールしないと、こういう無茶苦茶なやり方は、

成功体験でもなんでもなく、ただの無謀な体験でしかないですね。

 

実はその時のケガは40代になった今でも、ジムでトレーニングなどをする際に、

スクワットなどをやるとすぐに痛みがでて水がたまってしまい、

いまだに時々苦労しています。

ですが、これを教訓としてその後の人生に活かせるのであれば、

それはそれでよい事であり、いい経験になったんだと思います。

 

とにかく、成功体験でもなんでもなく、全然ハッピーではない結末でした。

良かったことは、努力は実るということが分かったこと。

 

学習していなかった

ふつうは

この時の経験から色々と学び。。。と、なるはずなのですが、

 

どうも僕はそれだけつらい思いをしたのにもかかわらず、

全く学べていなかったようです。

社会人になって、また同じ行動パターンに出てしまっていました。

 

社会人の時

僕は20歳で社会人になって音楽関係の仕事につきました。

 

いわゆるテレビの音声さんの仕事や、

コンサートでの音響さんの仕事です。

ここでまた似たような環境になり、似たような行動に出る自分がいました。

音響の専門学校を出たあと、その会社に入社したのですが、

同期入社が他に2人いて、僕をあわせて3人でした。

他の2人は、音響の勉強を専門学校でちゃんと勉強して基礎知識もしっかりと理解していて、

音声信号の流れや、マイクからミキサーにどうやって入力をつないでいくのか、

アンプやイコライザーはどうやって接続するのかとか、

基本的なことはすべて理解していました。

 

僕はというと。。。

 

専門学校時代は、バイトとバンドと、

あとは、社会人になる前に遊べるのは最後だからと、

思いっきり遊びも含めてフルに充実していましたが、

肝心な勉強がおろそかになっていました。

 

反省

もう、いざ仕事が始まって、テレビスタジオや、コンサートホールにいって、

先輩たちに教えてもらいながら仕事を少しづつこなしていくわけですが、

僕は、まったくすべてがチンプンカンプンで、

現場で教えてもらっても、現場=当然応用レベルなわけで、

基礎とは全然違うわけです。

もう少し勉強しておくべきだったな~反省…。

 

しかし、反省しても仕事ができるようになるわけもなく、

とうとう僕は、現場に連れていってはもらえないようになり、

倉庫で、片付けと、機材の整備を言い渡され、朝から夜まで、

それらにあけくれました。

ところが、1週間たっても2週間たっても、まったく状況は変わりません。

 

僕は先輩に、「あの~次はいつまた現場に連れて行ってもらえるんでしょうか?」

と尋ねたところ、

『ん?現場でできる最低限の仕事のための基礎知識や機材の使い方はわかったのか?』といわれ、

「いえ、そこまではまだ…。」と答えると、

『お前あほか?ここは学校でなくて会社だぞ?自分でそこまではできるように…というか、学校で終わらせてくる事を終わらせてきてないお前が悪いんだろう?ちゃんとそこまで自分で追いつけよバカタレ!』

 

「ムカッ!!(-_-メ)」

 

はい、ごもっともですね。

また久しぶりにスイッチが入りましたよ~

 

つづく